2018.2.17 羽生結弦選手オリンピック2大会連続金メダル金メダルやりましたねやったやったやったすごいおめでとう

 

フィギュアスケートファンは中年層が多い(ほとんど?)とのことですが、私もその中の一人です(笑) 

高橋大輔さんの演技に魅了された瞬間から、大ちゃん♡大ちゃん♡とテレビの前で大騒ぎなおばちゃんは、今でも大ちゃんが一番なのですが、羽生結弦選手には、応援したい特別な思い出があります応援 よろしかったら聞いて(?)読んで(?)いただけると幸いです♪

 

相方と私が上越市に越してきたのは、2011年5月。東日本大震災が起きた直後でした。そのころは「いつか整体とベジタリアンカフェをしたい、疲れた人たちが少しでも憩える場所を作りたい」と、2人で漠然と夢を描いていましたが、まずは働かねばと、上越市内の某ビジネスホテルでフロントの仕事をしていました。ホテルの仕事は、全国各地はもちろん海外からからもたくさんの人が来て、時には有名人にも会えたりして、日々、刺激的で面白く勉強になる仕事でした。

 

ホテルで働き始めてから1年半がたったころの2012年秋、夜9時過ぎ、いつも通り引継ぎの準備をしていると、とても美しく品があり、物腰の柔らかい女性が入って来られました。「今日、3人で泊まれる部屋はありますか?」とその女性。ちょうど一部屋あったので、対応した私はすぐに案内しました。その後、大きなバッグをたくさん持った女性と男性、それからスポーツバッグを抱えた天使天使みたいな妖精妖精みたいな少年がフワリふわふわと入ってきて、何気なくそのスポーツバッグを見ると、なんと『羽生結弦』と書いてあります。一緒に仕事をしていた同僚に私は「ちょっと、ちょっと、大変、大変!!」と大慌てで告げました。同僚もフィギュアスケートファンだったので2人で大騒ぎです💦💦💦

男性と女性は、羽生結弦選手のご両親とのことでした。

その時の羽生結弦選手は17歳。東日本大震災でご自宅が被災され練習場を失い、全国各地で行われるアイスショーに出演しながら練習の場としているという時期。その日は石川で開催されたアイスショーの帰りで、羽生選手の地元・仙台まで向かう途中で断念して泊まれる所を探していたとのことでした。

「ここのホテルで仕事できてよかったー!今日、自分のシフトの日でよかったー!一部屋あってホントよかったー!」と思ったのは言うまでもありません。

 

大興奮の心を抑えて、「あの〜羽生結弦さんですよね。私たちフィギュアスケートのファンなんです。お疲れのところ大変申し訳ありませんが、サインをお願いできますか?」と、おっかなびっくりその少年に声をかけさせてもらうと、にっこりスマイル笑顔で近寄ってきてくれ、サインを描いて「握手もしましょうか?」ってハートハートハートもう、おばちゃんは即キュンラブハートでした。ガサガサ、しわしわの手だし、一瞬どうしよう💦とためらったものの、そこはおばちゃんパワーが勝ち「すみません、お願いします!」と握手もしてもらいました泣く

 

以来、羽生結弦選手を私はあつかましく親しみを込めて「ゆづハート」と呼んで応援しているわけですが、17歳の少年がおばちゃんにキャーキャー言われても、あの素晴らしい応対、やっぱりゆづは違う次元(高次元宇宙)で生きている人なんだな、とご本人を間近で見てつくづく実感しました。

 

おばちゃんは、京都の晴明神社にも行ってきましたよ〜。

 

あの時の思い出だけで、あと30年は生きていけそうです(あつかましいから、もっとか!?)。

ご精読ありがとうございましたお礼

 


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