Silent Spring

  • 2020.07.20 Monday
  • 11:43

野菜の仕入れでお世話になっている千葉県成田市のおかげさま農場さんから、いつも野菜と一緒に『おかげさま通信』が届きます。生産者さんの紹介、無農薬・無化学肥料の野菜作りの苦労などいつも頭が下がる思いで読ませていただいています。

 

さらに、同農場代表の高柳功さんの文章(『産地の声』)には、ドキッとするやらハッとするやら考えさせられる内容ばかりで感銘を受けています。

今回はいつもながらに、強い思いの文章だったので、そのまま紹介させていただきます。よろしければ、読んでみてください☄


 

『産地の声』vol.1452 2020.7.8

「今年は梅雨らしい雨が降る年だな」「これで秋はそんなに来ないだろう」などと仲間内で話していたのですが、とんでもない雨続きが続いています。

 しかも九州をはじめとした豪雨が切れ目なく続いています。これも異常気象の現れのようですが、日本だけでなく隣の中国もひどい豪雨が続いているようです。

 九州の被害は、死者、家屋もおよび被害の実態が判明しないほどのようです。今これを書いている最中のニュースで、再び(ではなく三度?)九州から関東にかけて線状降水帯が来る予報が流れています。

 ここ千葉はそれほどではないのですが雨続きで仕事が進まず(ぬかるんで畑に入れない)一方日照不足で、夏野菜が生長が進まず、収穫が激減しています。九州のような被害から見ればまだマシだと思っているのですが、それにしてもこの以上気象はどうしたことでしょうか。

 地球温暖化に対しCO2の増加が叫ばれ世界的な課題として各国が目標を定め認識?しているはずですが一向に解決に向かっている様子はありません。

 私たちが無農薬栽培を始めた訳は安全な食べ物を!などというのが目的ではなく、むしろ環境問題としての有機栽培、無農薬栽培でした。それはレイチェル・カーソン「沈黙の春」で指摘された、自然界に対して農薬(=化学物質)の恐ろしさの警告です。かつて地球にその存在がなかったものを人間は作り出してしまった。しかもその化学物質が生態系の生き物を絶滅、あるいは生態系を狂わせる、ということが現れ始めたことから、自らが生業とする農の有り様を見直し、30年後、50年後を見据えた農法というものをしていかないと負の遺産を子孫に遺してしまうのではないか、などと議論したものです。(3、40年前のことです)。

 地上にばらまかれた化学物質(農薬)は、回収できない。地球レベルで食物連鎖の系があり、その一員として人間は生きている。生態系の系を逃れて人間は生きることができない。そして食物連鎖の系のなかで農薬をはじめとする化学物質は生物濃縮という形で命を脅かす。別の例で、典型的な例が水俣病です。

 といことで近代農法はいずれ破綻する。ではどうすればいいのか。ということで取り組まれていったのが有機農法であり自然農法であり無農薬栽培だったと思います。いわば地球人として今後に禍根を残さない業をする者としての試みだったと思うのです。


今回は『その1』ということで、文章は次回に続くとのことです。

本当に大事なことがビシバシと込められたこの一文。現在を生きる人間のはしくれとして、負の遺産を子孫に残さないように、精一杯行動、発信していかないと!と改めて思いました。

レイチェル・カーソンの『沈黙の春』を再読したのは言うまでもありません。

 

 

 

 

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